大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和57年(く)37号 決定

主文

原決定を取り消す。

弁護人の移送申立を却下する。

理由

本件即時抗告の趣意は、記録に編綴されている名古屋地方検察庁検察官検事川瀬義弘名義の即時抗告申立書と題する書面に記載されているとおりであるが、その要旨は、名古屋地方検察庁検察官が、昭和五七年五月八日被告人両名に対する本決定書末尾添付の起訴状記載の物品税法違反の公訴事実について原裁判所に対し公訴を提起したところ、原裁判所は同年六月三日右被告事件を大阪地方裁判所へ移送する旨の決定をしたが、該被告事件についてはこれを移送すべき適法な理由がないのにかかわらず、原裁判所は右移送決定をしたものであるから、その取消しを求めるため、本件即時抗告に及んだというのである。

そこで、まず、一件記録を検討するに、該記録によれば、名古屋地方検察庁検察官書上由紀夫は昭和五七年五月八日原裁判所に頭書被告事件の公訴を提起したところ、同年六月一日被告人両名の弁護人和田栄重から原裁判所に対し右被告事件を大阪地方裁判所へ移送されたい旨の申立(以下、単に本件移送申立という。)がなされ、原裁判所は、名古屋地方検察庁検察官検事Bの意見を聴いたうえ、同月三日右被告事件を被告人両名の住居地を管轄する大阪地方裁判所で審理するのが相当であるとして同事件を大阪地方裁判所へ移送する旨の決定(以下、単に原決定という。)をしたこと及び前記B検察官は原裁判所の求意見に対し「・然るべく」の意見を付していたことが認められる。

ところで、公訴の提起は、特定の刑事事件について、最終の捜査を遂げた検察庁の検察官が該検察庁に対応する裁判所に対し起訴状を提出して該裁判所の審判を求める意思表示を内容とする裁判所に対する訴訟行為であるから、通常公訴の提起を受けた裁判所は該事件について管轄権を有する限り同裁判所で自ら管轄事件について審理し裁判すべきであって、たやすく管轄事件を他の裁判所へ移送すべき筋合ではない。もっとも、犯罪地が他の裁判所の管轄内にあるとか、証人その他の証拠の大部分が他の裁判所の管轄内にあって、他の管轄裁判所において審理し裁判する方がとくに適当であると認められる場合には、刑事訴訟法一九条一項により事件を他の管轄裁判所に移送し得ることはもちろんである。しかし、事件を他の管轄裁判所に移送するのが適当であるか、否かは、単に被告人や弁護人の便宜のみに囚われることなく、事件の審判の便宜と証人その他訴訟関係人の利害等諸般の事情を総合勘案し、広い視野に立って判断すべきである。

以上の見地に立って、弁護人の前記移送申立の適否について案ずるに、該申立の理由は要するに、(一)被告人会社は大阪市都島区に本店があり、その代表者でかつ相被告人であるAは大阪府枚方市に居住し、その他の関係者もほとんど大阪府に居住しており、弁護人の事務所も大阪市に在るから、被告人らは大阪地方裁判所で審理を受けるのが訴訟経済上望ましく、また(二)公訴事実で課税対象とされている遊戯機も被告人会社に置いてあるから検証等をする場合には便利であるというのであって、該理由のみでは直ちに前記被告事件を大阪地方裁判所に移送して審理するのを適当とする事由とは認め難く、他に送移を相当とするような特段の資料も存しない。それ故、原裁判所が原決定をした理由は、前叙のとおりB検察官が原裁判所の求意見に対し「・然るべく」の意見を付した点にあったと思料される。そして、検察官の意見は、裁判所が移送申立の適否を判断するうえでの重要な参考資料であるから、原裁判所が河村検察官の右意見を重視した意図もこれを首肯し得ないわけでもない。しかし、検察官の意見はひっきょう参考資料にすぎないから裁判所は検察官の意見に拘束されるべきものではなく、また、B検察官の前記意見は結論のみを記載した甚だ簡単なものであって、該記載自体からはいまだ前記弁護人の移送申立を相当とする特段の事情はこれを窺い知ることができない。ちなみに、《証拠省略》に徴すれば、B検察官は前記公訴事実記載の犯罪捜査には直接関与しておらず、原裁判所から移送申立についての意見を求められ、捜査資料を十分に検討もしないで前記被告事件が簡単な審理で終るものであると誤解して前認定のような誤った意見を付したものであることが認められる。それ故、原裁判所がB検察官の前記意見にのみ依拠して弁護人の前記移送申立を許容して原決定をなしたものであるとすれば、管轄事件の移送が裁判所の裁量に委ねられていることを前提とし、またいわゆる予断排除の原判との関係で事実調査に限度があることなどを考慮しても、なおこれを是認することはできない。

そして、《証拠省略》によると、被告人ら及び弁護人は前記起訴状記載の公訴事実を公判廷で極力争ってゆく構えであることが窺知され、したがって、検察官側は右の公訴事実を立証するために、該事実に関係した愛知県下に在住する多数証人の取調べ請求を予定しており、前記被告事件が大阪地方裁判所に移送されると原裁判所で審理される場合に比較して、右証人らに対し時間的、経済的に相当な不便・負担をかけることとなり、同証人らの十分な協力が得られない虞れのあることが認められる。そうとすると、前記公訴を維持する責任を有する原審検察官としては、原決定により著しく利益を害される場合に該当すると認められるから、本件即時抗告は理由があり、原決定は取消しを免れない。

なお、弁護人の前記移送申立がその理由のないことについては、さきに説明したとおりであるから、これを却下することとする。

よって、刑事訴訟法四二六条二項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤本忠雄 裁判官 伊澤行夫 土川孝二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例